消しゴムの角
そんなことも知らないのか。と会社で罵られたこと。
あなたって人間として最低ね。と彼女に吐き捨てられたこと。
いるだけでうざいの。と妻に蔑まれたこと。
忘れたい記憶を消すことができる消しゴムができたと聞いて、
さっそく買い求めた。
専用のノートとセット販売になっている。
ノートにイヤホンのようなものを差し込み、耳につける。
何となくザーと空気清浄機のような音がしている。
ノートを見ながら、集中して、消したい記憶を思い浮かべる。
真っ白なノートを消しゴムで消す。ごしごしと、ただひたすらに。
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なんとなく、すっきりした。
これはいいな。もっとやってみよう。と思った。
そして、止まらなくなった。
注意書きに書いてあったことはもちろん見落としている。
「消しゴムの角が丸くなると、まわりの関係のない記憶まで、
一緒に消してしまうことがあります」
というわけで、もうほとんど何も覚えていない。
かといって、またもう一度、書き直すことも叶わない。
これは記憶を消すためのものであり、
書くためのものではないのだから。
人生が真っ白になったところで書けるものがあるとしたら、遺書ぐらいかな。
だけど、記憶がないもんだから、どんな遺書を書けばいいのかさえわからない。