動物は生き残るために感覚器官を進化させ、研ぎ澄ましてきた。
しかし人間はもはや切羽詰った生命の危険に晒されていない。
そのため、感覚器官が遊んでしまっているのだ。
結果、生きているという実感が薄まり、自ら命を絶つことさえある。
だから人間は生命の実感を取り戻すため、感覚器官をフル稼働し、
ありとあらゆる感覚器官を駆使するための仕掛けを作り上げてきた。
それがあらゆる文化のルーツだ。
ネット、文学、絵画、映画、音楽、スポーツ、料理、そしてセックス。
しかしもはや必要なレベルを遙かに超えた感覚情報過多。しかもほとんどがジャンク。
この混沌とした時代を凌駕するため、いま人類は新たな進化の段階へと歩み始めた・・・
「うん、元気にしてるの。うん、大丈夫。でもね、生まれてからもう三日もたつのに、何も聞こえてないみたいだし、何にも反応しないの。触っても全然反応しない。でも、驚かないでね・・・もう話すのよ・・・まるで大人みたいにちゃんと話すの。生きていくためのあらゆる知識が、すでにインプットされているような気がする。退院手続きも自分でしちゃったのよ。でも、私の話していることは何も聞いていないの。何を言ってるかよくわからない?・・・とにかくあなた、早く帰ってきて!」
「あ、わたし・・・」
「・・・いまの誰だ?赤ん坊の声みたいだったけど・・・」
「いまの・・・あの子なの。あなた、ほんとに早く帰ってきて」