Wakeupalicedear!

Shortest stories

もう一歩前にお進みください。

 

暗いトンネルの中で迷っているとき、一筋の光が見えた。

そのとき、こんなメッセージが。

「もう一歩前にお進みください」

僕は、この世に生まれ落ちた。

 

哺乳瓶を口にしながら床に這いつくばっているときに、倒れた母親の姿が見えた。

そのとき、こんなメッセージが。

「もう一歩前にお進みください」

僕が生まれて初めてハイハイした手は、母親の血で赤黒く染まった。

 

小学校の校門の前でうつむいて立ち尽くしているとき、薄笑いを浮かべながら待ち構えている奴らが見えた。

そのとき、こんなメッセージが。

「もう一歩前にお進みください」

校舎に向かうたびに、奴らの笑い声が大きくなった。

 

中学の教室に安全な居場所がなく僕は、身を潜めていたトイレで、小便器の上にそれを見つけた。

「もう一歩前にお進みください」

僕はその通りにして、目の前に迫ったタイルに頭を何度も叩きつけた。

 

初めてできた高校の彼女との放課後、今日から一人で帰るからと彼女は言った。

彼女はこんなメッセージを手にしていた。

「もう一歩前にお進みください」

道路に座り込んだまま僕は、蒼い空から降りてくる粉雪の底にいた。

 

どうでもいい大学生活の果てに、面接中、僕は完全に真っ白になった。

面接官たちは何も言わず、こんなメッセージを手にしていた。

「もう一歩前にお進みください」

僕は歩道橋の上からいつまでも、ヌルヌルと蠢く人の波を見つめていた。

 

どこまで行けば人の姿が見えなくなるのか確かめようとして僕は、

高層ビルの屋上からまるで模型のようなこの街を見下ろしていた。

「もう一歩前にお進みください」

そうか、ずっとこのときを待っていたんだな。

 

僕の、最後の一歩が宙に。