Wakeupalicedear!

Shortest stories

ブルドーザーがせっせと更地にしている風景は

言葉とか紙とか日記やペンやコンピュータや

記憶を補うものがいろいろと出てきたせいで

何を失ったのかさえ、いつのまにか忘れてしまうようになってしまった気がします

 

ちょうどそんなことを考えていました。

 

わたしのこころのなかにある、

とても特別な場所だった、大事なエリアをいま

ブルドーザーがせっせと更地にしています

静かに散歩ができる林だったんだけれど

もうすっかり丸太になって。

丸太はといえば、お行儀良く寝転がって、昼寝をしています

更地の人工的にフラットな地面は、お昼時の呑気な陽射しを受けて、奇妙な光沢をさえ放っています

ひとが地球をつくると、きっとこんなふうに味気ないんだわ

 

あなたがもういないからです。

 

更地は不動産会社を通して売りに出してもらっています

すでにいくつかの申し込みがあるそうです

この更地を買い取った人は、そこに好きな家を建ててもらって、そこに住むこともできます

集合住宅にしても、シェアしてもらっても構いません

どう使おうと、どう占有しようと、借主であるあなたの自由です

どうぞ好きにしてください

そういうことです

 

確かにそこは私のこころのなかですが

わたしはそこにはいませんし

その近くにもわたしはいません、たぶん

わたしのこころは、ただの地図です

更地にされてしまえば

かつてそこにあったものは何も思い出せなくなるし

わたしたちは、新しい景色を大急ぎで覚えて

古い景色を上書きしていくことで

新しい記憶と古い記憶の混同を防ぐようにできています

あんなに好きな建物だったから

毎日見てたんだから

忘れるはずがない

あのひとの顔と同じように

でも忘れるのです

あまり罪悪感とかは感じずに

 

その一方で、古い記憶を、でも大切な記憶を、忘れないようにするための仕組みも整っています

このことは最初に言いましたね

でもそういった安心感はもし忘れても大丈夫とさえ思わせてしまう

それこそが危ないのです

そういう安心感を持ったら最後、ひとはそのことを絶対に忘れてしまうものですから

 

そこはただの更地です

空っぽの更地ですから

あなたが何を建てても私は平気です

私が愛したものはもうそこにはないのです

たぶんもう、どこにもないのです