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Wakeupalicedear!

最近はほとんどドラマの感想なんだけど、ほんとは短い小説を書くためなんだけど。

有村架純の「好きなんやわ。それはほんまに」って本当に奇跡が起きたかと思った

終わってしまいましたね、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』。タイトルが意味深なのはひっかけでしたね。そこはどうなの?と思いつつ。

 

「予告で映った空っぽの有村架純の部屋」と、ちゃんと実家に仕送りしていたのにそのあと特に触れられていなかったこと、お母さんは逃げ出すときに必死に助けてくれて、意地の悪いお父さんが言っただろう「大事な娘を犬みたいに逃がしやがって」というような嫌味にもずっと耐えてきただろうから、そのことを優しい有村架純がずっと気にかけていたに違いなく、北海道に帰るだろうことは予想できたましたね、今から思えば。

 

北海道に会いに来た高良健吾と、思い出のファミレスで待ち合わせたラストシーン。ここを中心に振り返ってみます。きっと何度も見てしまうだろうなというぐらい、いいシーンでした。こんなに美しい関西弁のラブシーン(会話ですけど)は見たことがありませんから。

 

「これで安心して、ふりだし、戻れるわ」

 

*人生ゲームになぞらえたような言い方ですね。頑張って仕事もして、資格も取って、お母さんのいうとおりに素敵な人も見つけて、実のお母さんとの約束はちゃんと果たした。でもやっぱり、過去に縛られてしまう。過去は過去でも、過ぎ去ってしまわない過去もあって、自分が過ごしてきた全部の時の流れの中で生きていくしかないから、というところに戻っていく。高良健吾もまた、引っ越し屋さんで、最初と同じところで、同じように頑張っている。服も同じだし、結局何も変わってない。でも、ふりだしに戻ったって、わかっているってことは、つまり同じところにいないから、ふりだしに戻ったってわかるわけで。でも同じところにいないからこそ、「安心」でもないわけで。でもそこで、小さい奇跡が起こる。ほんとは頼みたかったメニューが、間違って、ほんとに来てしまうのです。

 

「なんでトマトソースの来たんやろ?」

 

「運、いいですね」

 

「そんなちょっとの運ある?」

 

*これが象徴しているんですね。ほんとは描いていた夢をあきらめるしかなかったりもするけど、何かの「間違い」で、叶ったりすることもあるんだよって、誰かが送ってきたメッセージなのかもしれない。それはたぶん、有村架純の実のお母さんなんでしょう。

 

*そのお母さんのメッセージを有村架純に運んできてくれる存在が高良健吾。彼はお母さんの思いをわかっているし、だから彼女の手紙を北海道まで届けに来てくれたひと。その手紙を読んだ西島隆弘が、「僕はその手紙を北海道まで持っていったかな?」と自問自答するときに(「僕だったらどうしたかなって思いました」って久々になまっていましたが、北海道という単語に反応したのかもしれません)、「曽田さんみたいにしたのかなって」、そこで高畑充希が「しないのが普通じゃないかな」と決定的な判決を下すのです。高良健吾、つまり練の思いは、普通じゃないんだ、そんなレベルで慈しみ合ってるんじゃないんだよということを。フォローしてあげているようで、実は冷酷なことを言っています。そのうえで、「心配しなくても彼女、井吹さんを選んでいました」と言うのです。心配すること自体、その愛は、ほんとうじゃないと言っていることに等しいのに、わざとです。しかしそのあとの「いまは恋人として、無事を祈ってあげればいいと思います」。これはどっちにもとれるセリフです。高畑充希の表情も硬いというか、怒っているようでもありますが、優しい音楽が流れ、陰で聞いていた高良健吾が去っていくので、まだ西島隆弘の線で行くのねと思わせますが、字面を読むと、高畑充希は決して励ましているわけじゃない。恋人としてちゃんとやるべきことをやりなさい、と言ってるんですね。こういうふうに解釈してみると、その後の突然に見える西島隆弘からの一方的に見える別れは、この時もう確かな形をとり始めていたのだろうとも言えます。でもこの音楽の使い方が少しどっちかなと思わせぶりなところが気になりましたね。もう最終回なんだから。

 

「ふりだしじゃないですよ。杉原さん、ふりだしじゃないですよ。

前にここで会った時の杉原さんと、今の杉原さん、全然違います。

苦しいこともあったけど、全然違います。

変わってないように見えるけど、全然違います」

 

*今回すごいなと思ったのは、月9王道の回想シーンが一切ないんです。そうやって盛り上げる必要のないシナリオだとも言えます。絶対入れたくなるところですがストイックに抑えています。

 

「人が頑張ったのって、頑張って生きたのって、

目に見えないかもしれないけど、心に残るんだと思います。

杉原さんの心にも、出会って生きた人の心にも、

僕の心にも」

 

*これはいろんな思いがこもったセリフだと思います。いろんな人に届くセリフです。たとえいま見えなくても、過去になってしまったとしても、いなくなってしまったひとたちのことも、心の中にはずっと。そんなふうに響く言葉です。

 

「北海道、遠くないです。

何回でも来ます。

道、ありますから。

そこ、走ってきます」

 

*この「てにをは」抜き、すごいです。この説得力は何だろうと思います。『ナオミとカナコ』の佐藤隆太が演じた中国人じゃないけれど、このたどたどしさの持つ、独特の吸引力があります。佐藤隆太の是非はさておき。これは思うに、「てにをは」を入れると、イントネーションが平板になりますね。「北海道は遠くないです。何回でも来ます。道はありますから。そこを走ってきます」とさらっと。しかし、「てにをは」を抜き、点を打つと、そこで息を止めます。息を吸おうと思っても吸えません。やってみればわかります。無意識に息を止めてしまいます。そして、次の言葉の頭が強く発音されます。止めていた息が一気に吐き出されるからです。この強さが、伝えたい思いの強度です。高良健吾の真っ直ぐな瞳で言われたらそこに偽りを見る人がいるでしょうか。これ、渾身の「、」です。「藤岡弘、」とは訳が違います。

 

「車でも、電車でも、

会津に行く約束だって、まだ果たしてないです。

猪苗代湖だって見せたいし、

じいちゃんの種の大根だって食べてもらいたい。

道があって、約束があって、ちょっとの運があれば、

また会えます」

 

*「また会える」というのが有村架純が言ってほしかった言葉なんですね。また北海道まで会いに来てくれたのはめちゃめちゃ嬉しいけど、その分、また会えるのかって不安になっちゃうからって、最初、無理に嬉しくないふりをしていたけど、もうここで嬉しさでぐちゃぐちゃですね。その嬉しさを噛みしめるように、こう返します。

 

「会える。」

 

*会えるって言ってくれてありがとうという意味です。ちゃんと言葉にならないだけです。

 

「ぼくも杉原さんのことが好きです。」

 

*ダメ押しです。今まではっきりしなかった分を、高畑充希が怒っていた分を帳消しにするかのようです。

 

「はい。」

 

「はい。」

 

*最後まで敬語です。音ちゃんではなく、杉原さんですから。『家族ノカタチ』もそうでしたが、愛の告白はいま、敬語でなくてはなりません。ちゃんと背筋を伸ばし、まっすぐ相手を見て、はっきりと言う。そうでない愛の告白は、信じてはいけません。そうでなかった場合は、とりえず様子をみましょう。紙に書いた Will you marry me?に、間違っても 調子を合わせてYes!なんて言っちゃいけません。被り物をかぶったままキスしてくるようなのも要注意です。相手の素顔を見てから考えましょう。

 

*そして外に出ると雪。車中のキス(こう書くと文春みたい)。最後に映るのは道端に咲く花。ここまで来て、そうか、これはお母さんの起こしてくれたちっちゃな奇跡だったんだなって、わかります。お母さんに書いた手紙、送らずに捨ててしまったけど、お母さんがその思いをちゃんと預かってくれているんだって。ずっと娘の幸せをどこかで祈り続けているんだって。そして手をつなぐ二人に注ぐ祝福のしるしとしての雪なんだって。

 

それにしても「引っ越し屋さん、好きやで。好きなんやわ。それはほんまに」のときの、「好きなんやわ」のため息まじりの「わ」のあとのアの音は、もう本当に奇跡以外の何ものでもないです。言い回しとしてはこれは普通、関西では別れ話をするときに言うような言葉です。決まり文句に近いくらいの定番です。一回相手のことを思いやるために、今までの愛に嘘はなかったというためにとりあえずこう言っておいて、そのあと普通は「でも、もうあかんねん」と続いたりします。だからふつうはこれはここでは選ばない。有村架純は関西出身なので、当然この言い回しのもつネガティブな予感を醸すニュアンスはわかります。だからこの当たり前じゃない表現に辿り着き、そしてあえてこれを言わせた坂元裕二も凄いですが、その信頼にこたえて有村架純は想像以上の感情をこめて言ってくれた、そのことが奇跡です。これが切実な愛の表現に聞こえるのは、台本に書かれていた言葉によるものではなく、まぎれもなく彼女の起こした奇跡です。

 

*そして、別れ話にしないための有村架純の必死の思いがどう伝えられるのか、そのあとが重要なのですが、「サスケの写真、送って。飾っとく。毎日それ見ながら寝るわ」と続きます。それはつまり二人で助けた犬だから、それはつまりあなたのことを毎晩思っていますというこれも愛の告白で、つまり、あなたとはいつも会えなくてもずっと思い続けてるからねっていうことで、さらに続けて「送ってくれる?」っていうのは、あなたも私のこと、時々は思い出してくれるの?って言っていることで、もうこの必死さが健気すぎてどうしましょう?それに答えて力強く口元を結んで「送る」と答える高良健吾ににっこり「ありがとう」と笑顔が弾けます。ここまでずっと関西弁。だからこその混じりけのない純度100%の笑顔です。標準語ではこの笑顔はおそらく出ません。だから最後にちゃんと関西弁に戻してきましたね。坂元裕二さん。あえて少し封印していたのかもしれませんね。この笑顔のために。

 

そして冒頭の「これで安心して、ふりだしに戻れるわ」に繋がるのですが、それはつまり変わらぬ愛を確認したあとに、有村架純の東京での日々とその努力を祝福することで、その愛がふりだしに戻っただけではなく、深まったことを伝えようとしているのです、高良健吾有村架純、それはもう泣かないでいられるはずはありません。

 

「いつか夢は叶いますか この道の先で」という、手嶌葵の清らかな歌声が響く中でのキス。

 

「形ないものの輝きを そっとそっと抱きしめて 進むの」

 

そして、笑いながら「遠回り」の道を行くふたり。

 

まあほんとにほんとに遠回りでしたが、ハッピーエンドでほんとによかったです。