Wakeupalicedear!

最近はほとんどドラマの感想なんだけど、ほんとは短い小説を書くためなんだけど。

たぶん天才なんだろう聖☆星野源の『くせのうた』から考える、二階堂ふみと切れ長目ロリコン中高年の遥かなる旅路の果てに待つものとは?

二階堂ふみの癖は何だろうとずっとそのことばっかり気になっていますが星野源の『くせのうた』が好きだからです。佇まいは南こうせつフォークソングですがゴスペルみたいでもあり実は変な曲です。でもわからないのが歌詞の中の「昨日苛立ち汗かいたその話を聞きたいな」とはどういうことでしょう。イライラしてかいた君の汗の匂いを嗅ぎたいとかそういうことでしょうか。ふつう苛立っても汗はかかないでしょう。やっぱり文筆家は視点が違います。それでも奇跡的な名曲だと思うのです。

 

「さみしいと叫ぶには 僕はあまりにくだらない」

 

ほとんど太宰治。ギターを持ったまま猫を追いかけるなんてあまりに情けない。それはバットを持ったまま自分で打ったファウルボールを追いかけるぐらいに、男として情けない画だ。でもそれを曲に落とし込めるのは稀有な才能です。芥川賞をあげたい。

 

「悪いことは重なるなあ 苦しい日々は続くのだ

赤い夕日が照らすのは ビルと日々の影だけさ」

 

ほとんど『ヴィヨンの妻』の世界だな。それにしても「なあ」とか「さ」とか「だ」とか音を埋めるための苦し紛れを何の衒いもなくできるところが絶妙な余韻を漂わせています。文字通りの「余った韻」です。「余った」と書きますがたとえ苦し紛れだとしても狙わずに偶然出るほど楽なものでもないのだからこれは紛れもない傑作なのです。

 

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しかし『ヴィヨンの妻』で太宰治が書いていること。

 

「仕事なんてものは、なんでもないんです。傑作も駄作もありやしません。人がいいと言えば、よくなるし、悪いと言えば、悪くなるんです。ちょうど吐くいきと、引くいきみたいなものなんです。おそろしいのはね、この世の中の、どこかに神がいる、という事なんです。いるんでしょうね?」

 

この文章の意味は、二階堂ふみの癖が何かを考えるずっと前から考えていますが、いまだに分かりません。でも星野源にはわかるんじゃないかな。だって、たまたまであれ、神に愛されし天才で、そのためにこの世に生を受けたのだから。『くせのうた』は『救世(くせ)の歌』でもあるのだから。ねえ、☆のマークが嫌いな聖☆”星野”おにいさん!

 

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これ、結構海外でも字幕付きで見られてるけど、大丈夫なのかな。怖くてコメント読めない。それこそひょえーじゃないですか。

 

いまやエッセイは星の数ほど書いている救世のブッダ☆星野源ですが、全部読むのはとても無理なので、お布施の言葉の原点に戻ることにしましょう。

 

 

「どんな人でも、死なない限り、生活は続くのだ」という言葉は、くも膜下出血で死にかけたこの人だけに、いま振り返っても説得力ありますね。くだらないことでも、くだらない日常でも、何を考えてどんなふうに生きてるのかについて文章を書き続けるというのが、ある意味で生きてる証なのでしょう。『ヴィヨンの妻』も、「私たちは、生きていさえすればいいのよ」と言いながら終わるのですから。

 

この際、交際してるかどうかはどうでもいいんですけど(だいたいどこからどこまでが交際なのかもわからないし)二階堂ふみさんも小説新潮で文筆修行中だそうです。まあいいんだけど、そんなことしてないで『ヴィヨンの妻』とかやればいいのに。ロリータだけではいつまでも続かないのだから、不幸癖がついてしまっているんだけれどそれでも健気に生きる女性を演じられるように、いまから作品選びをしていかないと。余計なお世話ですが。

 

巷で寄せられる「日常生活での変癖」についての相談でわりと多いのが、突然裏声で歌いだす夫についての妻からの苦情。これはおそらく世代的なもので、やっぱりどう考えてもマイケル・ジャクソンでしょうね。星野源さんもマイコーが大好きだそうで、「パンクな曲を」と言われて「ファンクな曲に」と変えちゃったらしいのが、この曲。パンクとファンクを聞き間違えたわけじゃなさそうですが。

 

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せっかく旧渋谷系の王子様、小沢健二がこんなふうに年取ってくれればよかったのに的なところにいるのにもかかわらずクノールカップスープ的なセットの中でスガシカオを思い出す情熱大陸のフェイクを得意技的に挟み込みながら門脇麦をキュートにしたようなおかっぱ頭の女性が群舞する意味不明なエンディングへと横滑りそしてクレーンアップする間だらしなく間延びした後にバカ殿志村けん的なドヤ顔で「これ全部俺の女」。でもさすがにそれは言っちゃいけなかったな。だってさ、こいつを思い出してしまうから。

 

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マイケル・ジャクソンが好きだという奴にはやっぱり気をつけたほうがいいけれどプリンス好きで有名なのは岡村靖幸だけど結果的にはJ-POPで濾過した時点で音楽的にはあっちもこっちもにっちもさっちも似たようなものなのに岡村ちゃんのこの婚活本すごい山積みになったりしてるのはどうなのかな。というかむしろおぞましい。他人の結婚生活を知りたいという自撮り好きの中年男性という時点でマガジンハウス的にいいのだろうか。岡村ちゃんが青春に限らず何でもウジウジ考えるのは勝手だけれど、出版業界はそこに付き合うほどヒマなのか?

 

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ファンク好き、プリンス好きといえばスガシカオだけれど、これがしばらく見ない間にどえらいことになっている。来年1月発売の6年ぶりニューアルバムの告知が、「いつも震えていた アル中の父さんの手」で始まる。しかもこの「父さん」の「とーぉー」の部分が、いつもの甘酸っぱいキーで歌われる。

 

何だこれ?

 

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ファンクを目指した者たちよ、人生を真剣に考えるな。と声を大にして言いたい。どうして男たちは、年を取るとこんなにも情けなくなるのだろう。

 

ということで二階堂ふみにお勧めしたいのはこちら。

 

 

とか言っても切れ長目の男はそれほど純情でもないのかもしれない。あるいは、さらに果てしなく純情なのかもしれないし、それは世の中の安穏とは何の関係もないのかもしれない。

 

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二階堂ふみは、室生犀星原作の「蜜のあわれ」という映画では、素敵な切れ長目の大杉連演じる老作家に愛される「金魚」を演じている、まだまだ行くぞ。

 

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ある記事の中で彼女は無防備にもご自身の少し特殊な嗜好性を語っていらしゃいます。

 

「原作を初めて読んだ高校生のときから、映画化するなら絶対に自分がこの赤子という役をやりたいなと思ってました。私はあの頃の時代の小説のフェチズムがすごく強調されているところがとても好きなんです。ロリータコンプレックス的な要素や女性に対しての憧れであったりとか、色んなものが入り混じっていて。今回の私が演じた赤子はすこし自分自身が子供にかえっているような気がしています。人間以外の役をやるのは猫、狸に続いて、実は3回目なんですが、意外と人間以外もいけるな、と思いました(笑)

 

フェチな中年男と若い女性といえば。榮倉奈々が足(legではなくfoot)を舐められるシーンが話題になりましたね。でもトヨエツ、だめ。目を逸らしていますが、こんなのありえない。というかこれならやらないほうがいいし、榮倉奈々のほうとしてもちゃんとやってくれないと余計に恥ずかしいでしょう。匂いが重要なのですから鼻から先に行かなくてはなりませんし、足越しに見える相手の顔という画が鑑賞ポイントですから、相手の目はまっすぐに見つめないと。監督は榮倉奈々の顔しか見てなかったのか。

 

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榮倉奈々もベビーフェイス。その辺がポイントなんでしょう。心のどこかで少女に帰るという。だったら蒼井優とかもありかと思うんです。でも彼女、意外とそういうのやってないんですよね。彼女の愛読書は「生物と無生物のあいだ」だけに脳内100%少女漫画な岩井俊二に「他人の恋愛には興味がない」(何てかっこよすぎるフレーズ!)と平気で言い放つ最高にハードボイルドな女優さんですからね。

 

 

蒼井優と中高年とを掛け合わせるなら、川上弘美の『センセイの鞄』はどうでしょう。少し小説の設定よりも若いけれど、彼女ならできそうです。相手役は吉田鋼太郎あたりで。リリー・フランキーにするとCMっぽくなりそうだし。うーん、でもやっぱり10年後に見たいかな。

 

センセイの鞄』は高校時代の国語の担任でやがて恋に落ちる相手が柄本明というのが久世光彦監督らしく野心的な配役で小泉今日子の成長作となったドラマがありました。もともと柄本明は切れ長目ですが安易にメガネをかけさせてさらに切れ長目にさせないところがさすが凡庸な監督とは違いますね。それでもちゃんと先生に見えるのはダブルのスーツの、地味だけど上品な着こなしの成せる技でしょうか。きれいに整えた髪型もお見事。キョンキョンの真っ直ぐに切り揃えた前髪(これ結構前なのにいまふうです)も清潔感です。シルエットを重ねないところも端正な向田邦子の世界を彷彿とさせる感じですね。久世光彦のかつての盟友(と言ってもいいのかな)、樹木希林のゲスト出演も粋です。これ、再放送してもらえませんかね。

 

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http://www.wowow.co.jp/dramaw/top/sensei.html

 

様々な年代の女性にとっての『性と生』をテーマにした小泉今日子のエッセイを原作にしたドラマもありました。そうそう、彼女も文筆家とも言えますね。ずっと昔からマガジンハウスに書いていたりしますしね。星野源は男版小泉今日子といってもいいくらい、絶頂期の煌めきは比べるべくもないですが、活動のベクトルは似ていると言えなくもない。

 

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このドラマの主演は言わずと知れた最近やたらとキレる役が多い切れ長目女優の筆頭格です。ということで、表題にある『二階堂ふみと切れ長目ロリコン中年の遥かなる旅路の果てに待つもの』とは、切れ長目の「戦う女優」、門脇麦でした。