Wakeupalicedear!

最近はほとんどドラマの感想なんだけど、ほんとは短い小説を書くためなんだけど。

ガッキーの運動神経とウィンクの疑惑、さらにはアカデミー賞授賞式で語られた《まばたき》をめぐる感動の言葉

 

新垣結衣の運動神経とウィンクの疑惑

 

新垣結衣は最近、新作映画の番宣で出演するテレビ番組で、しきりに運動不足をアピールしている。このままでは40代でまともに歩けなくなると言われ、ジムに通い始めたらしい。しかしその映画、「くちびるに歌を」ではものの見事なピアノ演奏を披露している。たぶん、これを使ったのではないかと。パソコンで人間の手を動かす「PossessedHandポゼストハンド」。開発者は早稲田大学助教、玉城絵美、趣味は文鳥を飼うこと。夏目漱石か。ガッキーと同じ沖縄出身だしな。

 

万が一これを使っていないとするのなら、ガッキーの運動神経はかなり抜群ということになる。これも最近の得意技のようだが、他の表情筋を動かさず片目だけを閉じられる秘技を披露し、一部で話題になっている。ブレイク当時のポッキーのCMでは不器用そうに両目をつぶっているのに。あれはおそらくわざとなんだろう。ピアノといい、おそらくあまり苦も無く右半身と左半身を分けて動かすことができるのだろう。意識が高まると筋肉一本一本の動かし方がわかるというようなことを誰かが言っていた。要するに、運動神経の問題なのだ。

 

そう言えば、ももクロのリーダー、百田夏菜子。「幕が上がる」では、表情筋をかなり細かくコントロールしている。明らかに早くも女優として只者ではないレベルにある。そしてあの運動神経であるにもかかわらず、ももクロのステージで歌っている途中にはさむウィンクは、かなり不器用である。両目閉じそうになっている。これはわざとなのかどうか微妙ではあるが。

 

同時多発した長いまばたき

 

すべてがFになる」の武井咲、「Nのために」の榮倉奈々、「ごめんね青春!」の満島ひかり。去年の10-12月クールの古い話で申し訳ないが、明らかに必要以上に深いまばたきがあちこちで同時多発的に見られた。榮倉奈々のまばたきには効果音までついていた。その当時はなんだかなこれは、と思ってみていたのだが。

 

【研究編】

 

大阪大学生命機能研究科の中野珠実准教授は、まばたきの専門家である。まばたきは脳の情報処理と関係あるんじゃないかと考えて、「Mr.ビーン」を被験者に見せて実験したそうである。すると、動きやシーンの切れ目でまばたきをするらしい。中野教授が言うには、まばたきは脳の情報処理と関係があるのではないかと。つまり、まばたきによって情報を処理する区切りを作っているんじゃないかと。

 

まばたきの瞬間に脳は情報のインプットをいったん止めて(とりあえず音はさておき)、その前のまばたきと最近のまばたきの間の情報処理をする。ふつう3秒ぐらいだそうだが、人による。ちなみにまばたきには目が乾くから潤したり、表面のゴミを洗い流したりという機能があるが、それなら1分間に数回で十分らしい。では、なぜそんなに頻繁なのか。それがよくわからないらしい。

 

というのも、まばたきの瞬間、注意モードが解除され、記憶処理モードになる。注意モードの解除は、生物としては危険な状態にあるということ。3秒に一度の危険。かなり頻繁だ。

 

ソフトバンクの松田選手はまばたきをしている隙にけん制で刺されるそうで、目を隠すために濃いサングラスをかけ始めたそうだ。どんだけ深いまばたきなんだ?もうちょっと我慢できないのか? 3月10日の記事を書いた日刊スポーツの記者、疑問に思わなかったのか。相手ピッチャーはマッハ20の殺せんせー(「暗殺教室」より)なのか。二宮和也もびっくりだ。

 

【実験編】

 

ここで実験。顔の向きは動かさずに眼球だけ、つまり目線だけ動かしてみる。すると、勝手にまばたきしてしまう。顔の向きを動かすとまばたきはしないでいられる。あくまで私の場合だが、これが何を意味するのかはわからない。

 

まばたきとまばたきの間を考える哲学的な問題

 

もう一つは、哲学的に、時間の整理だ。つまりは、人間はどうやって、過去、現在、未来をつくっているかという問題だ。

 

感覚的には、「まばたきをしないでいる間が現在」で、その前が過去で、まばたきをする後が未来、ではないか?

 

だとしたら、去年の年末にテレビドラマで同時多発した長いまばたきは、「いまという時間が終わってほしくない」という心情が込められているか、あるいは、「簡単には理解できないけれど、あとできっと思い出すことになるような重大な出来事がいまここで起きているのだろう」という確固たる根拠のない直感が表現されているのか。いまという過去も未来も不透明な時代を象徴していると言えなくもない。

 

動物は、基本的に生命維持装置だから、まばたきの範囲で時間を認識していればいいのだが、人間はそうもいかない。社会的動物の人間にとって、記憶すること、未来の行動をしっかり組み立てること。これをやらないと、それはそれで生命に関わる。

 

タツノオトシゴツイッターとインスタグラムとグーグルマップ

 

記憶する作業と行動計画に大きく関わるのが、脳の中の海馬とよばれる部分。タツノオトシゴとそっくりなかたちをしているが、名前以外に特に関係はない。

 

去年のノーベル生理医学賞は、「自分が今どこにいるのかを把握し海馬でマップを作成する複数の空間把握細胞の発見」だったらしい。それまで海馬は記憶の整理が主な役割と考えられていたが、空間認識にも大きく関わっているらしい。つまり海馬はツイッターとインスタグラムとグーグルマップが一緒になったようなことか。

 

過去は忘れるためにあるのであって

 

この海馬の歯状回という部位にできる新しい神経細胞が、記憶の忘却を推進することが最近発見されたそうだ。だから、この神経細胞が活発に作られる3歳までの乳幼児期の記憶がほとんどないらしい。ちなみにこの神経細胞。ラットの実験では、走らせるとかなり増えるらしい。走るといやなことを忘れる。市民ランナーの方々の実感でしょう。走りすぎると別の種類の健忘症になりそうだが。

 

まばたきはコミュニケーションツールなのか

 

京都大学多英興准教授らの研究によると、霊長類71種(そんなにいるのか)のまばたきをビデオ撮影して調べた結果、平均集団サイズが大きくなるほど、まばたきの数が増えることがわかったらしい。サルがまばたきでどんなコミュニケーションしているのか、調べていくみたい。サルからヒトへの進化の段階で、危険よりもコミュニケーションを優先したと単純に言っていいものかどうか、興味深い研究である。結果次第では「猿の惑星」を撮り直さなければならない。ハリウッドも注視しているに違いない。

 

一方、ネコが両目でウィンクするのは親愛の情である、という話もある。目を閉じるのは警戒心を解いている証拠らしい。片目でウィンクするかどうかは、ネコは飼ったことがないので知らないが、新垣結衣のような表情筋不随性瞬目を夜中、ネコに何度もやられると、きっと怖い。

 

ちなみに、ネコ語では、I slow blink you so much.は、つまりI love you. という意味らしい。これには松潤もびっくりだ。

 

ちなみに、前述の中野教授によると、誰かが延々しゃべっているビデオを見せられると、見ている人もまばたきが同期していくらしい。これが一種のコミュニケーションなのか、ホタルの点滅やカエルの合唱や渡り鳥の飛翔が同期するのと同じ種類のシンクロニシティ―なのか、あるいはあくびがうつるようなものなのか、わからない。ちなみに自閉症の人は、まばたきが他の人と同期しないそうである。何らかの点でコミュニケーションと関係があるんだろうけど。

 

さらにちなみに、どこに問題があったのか知らないが驚くほど視聴率が低かった「問題のあるレストラン」で、松岡茉優が演じた「人間めんどくさい、自分めんどくさい、地球めんどくさい」という素敵な台詞が光った引きこもりのシェフは、初めの頃はほとんどまばたきしなかったのに段々増えていった。

 

生物である以上セクシーでありたいか?

 

さらにさらにちなみに、NY在住の世界的メークアップアーティスト(だそうだ、知らないけど)、吉川康雄さんは、「まばたきをするたびに美しい伏し目を作る方法」を紹介している。まぶたに何でもいいからツヤが出るものを塗りなさい。まぶたは顔の中でセクシー担当で、皮膚が薄くて柔らかく、その裏にある粘膜も感じさせるので、生物としての色気を最も出すから、だそうだ。

 

なるほど、女優たちの深いまばたきは、セックスアピールだったわけだ。わたしのまぶた、こんなにセクシーなのよ、じっくり見て。

 

逆に言えば、セックスアピールなどしたくないという女性は、まばたきなどしないほうがよさそうだ。そんな話、納得いかないという方は、ダイヤモンド社まで苦情をお寄せください。

 

人生は一瞬のまばたきの間に

 

先日のアカデミー賞で、最近奇抜な衣装を着ないから誰だかわからないし、ナブラチロワみたいだし、ルックスは冴えないけれど、意外に歌が上手いんじゃないかということが浸透してきたレディー・ガガが、「サウンド・オブ・ミュージック」へのトリビュートでメドレーをゴージャスに歌い上げたあと、ジュリー・アンドリュースがこうスピーチした。

 

“It’ s hard to believe that 50 years have gone by since that joyous film was released. I blinked, and suddenly here I am!”

「とても信じられないの。あの愉しい作品の公開から50年もの歳月が過ぎ去ったなんて。まばたきをして・・・すると突然、ここにいるんだから!」

 

去年11月に出版された穂村弘作、酒井駒子絵、「まばたき」という絵本も、同じように、時を超えた「まばたき」を扱っている。表紙は、目を閉じたどこか悲しげな少女の顔。意味することは、この美しい世界は、いつも幸せな音楽に包まれているわけでもなく、それほど幸福なまばたきばかりでもないということ。

 

私たちの人生はまばたきの連続で、その間にたくさんの美しい瞬間を見逃し、悲しい瞬間に目を背け、その間に間断なく世界は変わり続け、私たちはそれがそれと知ることもないまま、最後のまばたきをすることになるのだから。

 

同じアカデミー賞の授賞式で、ケイト・ブランシェット主演男優賞のプレゼンターとしてこう言った。

When faces you’ve seen countless times becomes strangers again, when you’re afraid so much as to blink less to miss a single moment, that’s when you know you’re witnessing an extraordinary performance.

「何度も見てるはずの顔が違う人に見えたり、一瞬も見逃したくないと思ってまばたきもしなくなる。。。そんなときあなたは素晴らしい演技を目の当たりにしているのです」

 

そこで受賞したのは、「博士と彼女のセオリー The Theory of Everything」のEddie Redmayneである。ホーキング博士と同じケンブリッジ大の出身である彼。雑誌でのインタビューによると、ホーキング博士は顔の筋肉はほとんど動かせないが、目の周りでは表情が出せるので、それを再現するために、トレーナーについて数か月にわたって訓練したらしい。ホーキング博士本人の映像を観ると、確かにまばたきはしているし、目も動かしている。しかし、無表情なのと、顔の筋肉が動かないのは違うのだ。おそらく、まったく。

 

ケイト・ブランシェットは、まさにその演技に至るまでの途方もない鍛錬のことを言うために、あえてblink(まばたく)という言葉を使ったのだ。一流と認め合う俳優仲間からの最大限の賛辞として。わたしは、あなたのまばたきを、まばたきも忘れて見ていましたよ。

 

とはいえ見る側はまばたきせずにはいられないもの。でも、だからこそ映画は見るたびに違う印象を与えてくれるのだろう。

 

では、実際の人生で、私たちが違うタイミングでまばたきをしていたのなら、この人生はもっと違ったふうに見えていたのだろうか。

 

あるいは、これから私たちは、愛する人たちの一瞬で消えてしまう大切な表情を、人生を踏み外さないための重要な瞬間を、まばたきをしている間に見逃さずにいられるのだろうか。

 

映画の結末は変わらない。人生の結末は変わりうる。私たちが、目に映るものを無意識に、あるいは無造作にどう見るかという、たったそれだけのことによってさえ。

 

だからこそ、映画館の暗闇と、そこに映し出される光の優しさを愛さずにはいられない。映画館はどこか母親の胎内に似ているような気がしなくもない。