その殺人事件の異様さは、容疑者が果てしなく増えていくことにある。
それはとても数え切れない数になっている一方で、全ての容疑者の嫌疑が一向に晴れない。
ありとあらゆるプロファイリングにもかかわらず、肝心の犯人像は空白のままだ。
中心に何も描けないままに周辺ばかりが増幅する。
まるで何かを押し潰そうとするかのようだ。
かつて生ける伝説とまで呼ばれた刑事は、その魂の全てをこの事件ひとつに使い果たす。
娘がある日、もう二度と言葉を発しなくなった父親の無残な姿を発見する。
パパの瞳の真ん中がくり貫けている。
心の空白を埋めようと恋人を増やし続けるメス猿。
争いを防ごうと言葉が生まれ、ヒトになる。
ヒトになろうが心の空白は埋まらないことに猿は気づく。
一体何の意味があったというのだろうか、ヒトになるということに。
静かな森に響き渡る、かつてのメス猿の切なる言葉。
メス猿の瞳の真ん中がくり貫けている。
彼女の心を過剰な言葉が高い城壁のように取り囲む。
時に攻撃的なほどに鋭い棘を無意識に差し向ける。
棘をかわしてその心の真ん中に入っていくと、そこには空っぽの部屋。
しかも外からしか鍵が締まらない。
僕は内側から鍵をかけて待つ。
何も起こらないま、僕は静かな死を迎える。
僕の瞳の真ん中がくり貫けている。
一筋の光が教会の中心に差し込む、
その先に円を成す鍵盤。
果たしては完全音階。
終わらない旋律が頭の中で繰り返す。繰り返して、
完全な円を成していたはずの鍵盤が螺旋状へと姿を変え、
中心の底へと吸い込まれていく。
奏でられていた音もまた暗闇へ、静寂へと吸い込まれ、
二度とは戻らない。
ぐるぐるまわる時間はいつまでも終わらないかのように見えて、
ただ繰り返すだけのようにも見えて、
時間の中心には何もなく、
永遠に時間とともにあったとしても、
どこにも辿り着くことはなく、
一歩も前に進むことなどなく、
ただその中心あるのは
「何もないもの」
彼女は上から見ると真ん中が空洞化している。
すべての臓器が筒状を成している。
食物は首から下ではウォータースライダーのようにまわりおちる。
くるくるとすべるように。
ずーっとぶつぶつ言ってた息子が突然黙って、
その後、 死ぬまで一言も発さなかったらしい。
ぶつぶつ言ってたのは壮大な長さの回文で、
遺された彼の息子がまたぶつぶつ言っている。
きっとその回文を逆から辿っているに違いない。
その円環の中心には何もないことを知りながら。
神とはつまり空洞であり、
中心には何もない本体であり、
そこに引き寄せる力を人は宗教と呼ぶ。
坊さんが円を描く。
中心には何もない。
円を描いているのではなく、
「何もないもの」を描いているのだと言う。
ばかである。
そこにも、ここにも、あるというのに、
わざわざ描いてどうする?
むしろ「中心が空洞ではない円」を描いてみろ。
描けるものならば。
でも彼女は真ん中が空洞のくせにこう言うんだ
-私はドーナツの真ん中を食べることができるの-
そして、彼女ならできるに違いないと、僕は信じることができるのだ。