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動物愛護か猥褻か-”透明な家”が語りかけるメッセージ

この家を建てたのは、動物愛護団体幹部としても知られる人気女優である。動物園反対というスローガンを掲げることが目的だという。彼女によれば、動物の姿を見世物として公衆の目に晒すことは動物の尊厳を踏みにじる行為であり、許されることではない・・・らしい。

「だったら私も自然のままの姿をさらして何が悪いの?ってことなのよ。だって自分の家なんだしね」

その家は、全面がガラス張り、壁も柱も全ての構造材が透明な素材でできており、一切の死角がない。つまり表を通りかかった人は、家の隅々まで見渡せるのである。当然我々マスコミも含めて周囲は大変な人だかりになる。

議論のポイントは、『ここまで丸見えでは公然わいせつ罪に該当するのではないか』。

「でもね、外から見える家の中の面積が何パーセントまでなら許容範囲なのかってことよ。どこの家だって窓はあるし、開けっ放しにしていたりもするじゃない?じゃあ開放的な居住空間とかって謳ってるマンションはどうなのよってことにならない?」

中から外の景色が広がるのと、外から中が丸見えなのは若干違う気がするが。

「だいたい私たち芸能人は自分のプライバシーなんて全く丸裸にされてるわけだし、なのに今さらって話じゃない?全部見たかったんでしょ?それに見せたくて見せてるわけでもないし。私が自宅で服着ないのはずっと以前からで別に今に始まったことじゃないし。それに勝手に見てるんだから。そもそも私有道路を勝手に通っておきながら、そこから見えるって・・・見るほうが悪いんじゃないの?だから、これがいけないんだったら動物園もダメってことになるでしょ」

動物は自分で見せたくて見せているわけではなくて、【見させられている】のであるのだが。

「動物園って透明な家よ。家は生活をする場所というよりも、生活を隠すための場所なんでしょ。みなさんによれば。人に見せたくないことをいっぱいするための場所だから。私たちのような仕事をしている人間は人に見せたくないことも見せなくちゃいけない。動物園の動物も一緒よ。人に見せたくないことも強制的に見させられるんだからたまったもんじゃないと思うわ。だって辛そうな顔してるじゃない。あるいは全てを諦めたような。【諦観】っていうの?生き物としての尊厳を奪われたものだけが見せる表情よ。私なんか女優として随分と演技の参考にさせてもらってるけどね。哀しいテーマのお芝居の時にね。でも、もう十分学ばせてもらったわ。だから透明な家の住人の哀しみを知りなさいってこと。ことばを持たない動物のかわりに言ってるのよ。こんな話をしている今も、動物園の動物たちは、半笑いを浮かべた来園者たちから目をそむけて、白い壁の染みをじっと見つめているのよ」

動物を人間と同じように扱っているところが彼女独特の視点であり、その複雑な感情移入の仕方は一般に理解されうるものではなく、だから動物園もなくなることはないし、芸能人を追いかけるパパラッチもいなくなることはないし、【透明な家】の行く末もかなり”不透明”ではあるが、取材を終えて外に出てみると、数えきれないほどのネコやカラス、ネズミ、そしてほんの少しだけクマやイノシシたちが、【透明な家】を取り囲んで、言葉もなくじっと眺めていたことを付け加えておく。