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Shortest stories

3日間

何事にも律儀な彼は今時珍しく一つの会社を定年まで勤め上げた。
最後は会長にまで登りつめ、巨万の富を築いたのにも関わらず、運転者付きのリムジンに乗ったりするのは全く趣味ではなかった。
彼の使っている乗り換えアプリは毎日の電車の遅れを計算する機能があった。
時間を守ることだけが信条であり、そのことで予想外の出世を遂げた彼にとって、その機能こそが彼そのものであった。
定年までの48年間を終えた日、溜まりに溜まった電車の遅れを計算してみた。
トータルで3日分だった。
定年後、彼はその3日をどう取り戻そうか思い悩み続けたが、どうすればいいかわからずにいた。
 
そして誰にも等しく訪れる最後の時間が彼のところにもやってきた。
 
「世界最高水準の医療技術を持つ我々でも、せいぜい3日間。
しかも、1000万ドルを必要とする治療となります。それでもお望みですか?」
「もちろんです。その3日間が我々家族にとって、どれほどかけがえのない時間になるか、おわかりですよね」
 
そして、少しでも、命の続く限りと、延命治療が施された。
予告された通り、3日間が精一杯だった。
そして家族はこの3日という時間を慈しむかのように過ごした。
穏やかに眠っているかのような顔にそっと手を添えながら、家族一人一人が思いの丈を語りかけた。
生きている間にどうしても言っておきたかったことを。
亡くなってしまってからは、何の意味を持たなくなってしまう言葉を。
意識はもうないにしても、彼の顔は、少し微笑んでいるように思えた。
家族は、届いている、と信じた。
 
柔らかい光に包まれて、彼は息を引き取った。
 
遺された家族は幸せだった。
しかし、その幸せを完全なものにするために、父が愚直にも毎日利用し続けた鉄道会社を訴えることにした。
損害補償額は、1000万ドル。
彼が堅実そのものだった人生において、不当に失った3日間を、延命治療で取り戻すためにかかった正当な金額である。
そういう訴えである。確かに同じ3日間だが、何かを掛け違えている。
 
下らない裁判であることはわかっていました。でも、時間とは一体何なのか、人の一生にとって時間というものが何の意味を成すのか訴えかけたかったのです。
最高裁判決が下った後に、息子が報道陣に語りかけた。
 
ワイドショーを見ていた人々は、三日あれば何をするだろうか、何ができるだろうかと考えてみたが、まるでわからなかった。
ある男は、3連休さえ何もしないままに終わってしまうんだからさ、と自嘲気味につぶやいた。