ー白目になりますよね。ほんの一瞬だけですが。
よく気づいたな。
ーフレーム単位ですから高座の客はわからないですが、こう見えてもキャリア15年、それなりにベテランですから。
編集していなかったら気づかなかったか?
ーそうですね。ずいぶんと苦労されたのではないですか?
もちろんだ。完全に人格が入れ替わるには、普通は分単位の時間がかかるものだ。
ーそれをあなたは一瞬で成し遂げるようになった。
落語だからな。顔の向きを変える一瞬の間にできなければ話にならない。
ー別にわざわざそんなにめんどくさいことをしなくても、演じ分ければいいのに。
そんな器用なことができる人格はひとりもいない。
ーじゃあ「まくら」は誰が?
そのための人格がいるんだ。奴はそれしかできない。肝心の噺はなにも知らないし、できないんだ。
ーあなたは「まくら」を話している人格ではない。しかも演じ分けているわけでもないとすると。。。
そうだ。登場人物の一人だ。しかし演じているのではない。わたしが実在しているのだ。
ーそうすると、他にも登場人物ごとに人格が存在するということ?
そうだ。
ーだからこそ、あなたの、いえ、あなたたちの落語は、異様なまでに「生きている」と?
その通りだ。彼は(あえて彼と言おう)、古今東西の数多くの噺の登場人物をひとりずつ独立した人格として育て上げた。彼はそのために魂を売ったのだ。
ー誰に?
落語の神様に。いや、悪魔というべきかな。